中国広東省の世の終末を感じさせるほどの恐ろしい雷

私が住む広東省東莞市は数週間前から既に梅雨に入ってまして、連日、雨の日が続いています。こちらの梅雨の特徴は、湿度が非常に高く、ひどい時はジャングルまたはサウナにいるような感じになります。また、濃霧のためか数キロメートル先の視界が、ぼやけてしまうことがあります。

さらに、大気が不安定な状態にあるためか、日本で聞いたことも見たことのないような凄まじい雷が発生します。
その多くは夜中に発生します。暗闇の中に青白い閃光が一瞬光り1秒も経たないうちに、静まり返った空間に、デーモン級のごう音が響き渡ります。しかも、それが一回二回ではなくて絶え間なく、深夜になり続けますので、寝ようにも寝れません。

昔の人が、神鳴りと言ったように、

神の怒り
裁きの宣告
世の終末

を感じずにはいられない恐ろしい光景だと思います。それはまさに「驚きの自然映像ベスト10」みたいなYouTubeとか流れてそうな龍、または木の根のような稲妻が上から下にズバッと走り、大地に響き渡る凄まじいごう音です。

雷が鳴り続けた夜のあくる日、クリスチャンでない中国人の先生は「東莞ももう終わりだな。」と言っていました。誰もが「裁きの神」の存在を感じざるを得ないような自然現象。私はキリストによって救われていながらも、このような光景を目にし、恥ずかしいながら、思わず、自分の中に神に喜ばれないなにかがないか点検してしまいました。

聖書の基準では、人を殺さずとも、心に人を憎んでいるなら、それは神の目からは殺人罪に等しいです。

人を憎むこと
人を裁くこと
高慢になること
むさぼること

義人はいない。一人もいない。と聖書は書かれています。

それゆえ、聖書の御言に従うなら、正義の公平の神の前に立てる人は一人もいません。しかし、また聖書の御言に従うなら、イェス・キリストの十字架の血によってのみ、罪が赦され、神の前に立つことができるようになるとの約束もあります。

あなたがたが救われたのは、恵みにより、信仰によるのである。

直接的な表現でいえば、私はあの雷によって打たれていた人間です。しかし、イェス様の恵みによって、義とされています。

カナンの地は今日も輝いています。